私の知的障害の兄は、障害者施設に入る前に、数ヶ月間、精神病院に入院していました。
母の認知症が発覚し、母が世話をする事もできなくなり、かといって入る施設もすぐに見つからない・・そんな状況で他に選択肢がなかったのです。

顛末に関してはリンク先の記事に記載していますが、一番、衝撃を受けたのは、身体拘束でした。
人はいかに安直な理由で身体を拘束されるのかという事を知ったのです。
現在、正確には精神科病院という呼称になっていますが、本記事では分かりやすく精神病院という記載で統一します。
もくじ
身体拘束の理由
精神病院での身体拘束というと皆さんはどういうイメージがありますでしょうか?
ドラマやなんかで見ていた私のイメージでは、奇声を発して暴れて、他の人へ危害を与えるようなやむを得ない状況で、身体を拘束されるのだと思っていました。
しかし、病院から来た身体拘束への同意の理由は、そういったものでは有りませんでした。
理由は、「勝手に、他の人のプライベートゾーンに入り込んで、神経質な人の場合だと、それでトラブルが発生するかもしれないから」というものでした。
つまり、勝手に歩き回られると、目が届かなく、面倒が見切れないという事でしょう。
常に、ベットに拘束されている状態・・・
当然、排泄は、オムツになります。
歩く事もままならなくなります。
歯科の治療や、施設の面接のため、兄を精神病院から一時的に連れ出す事がありましたが、車椅子に乗っている状態でした。
施設でもあった身体拘束
その後、兄は、めでたく入居施設が見つかり、精神病院を出ることができました。
精神病院と比べれば、環境は比べるまでもなく良く、施設内では、基本的に自由に過ごせていました。
ただ、精神病院の後遺症で、歩く事がおぼつかない事があり、ある時、転んで、膝を痛めてしまう事がありました。
その後も急に立ち上がって、転んで、膝をついてしまう事が多々ありました。
このままでは、重大な怪我をするかもしれない・・
そのような理由により、車椅子に拘束される事になってしまいました。
精神病院での拘束の理由と比べると、納得が行くものでしたが、それでもやはり車椅子に拘束されている姿は、いたたまれなかったです。
保護と刑罰は紙一重
拘束されている兄の姿を見て思いました。
何故、兄は何も悪いことをしていないのに、身体を拘束されているのだろうかと・・
もちろん、親族(私)は同意しています。
しかし、同意以外の選択肢は実質ないのです。
唐突ですが、人は犯罪を犯すと刑罰に処せられます。
刑罰には財産刑と身体刑があり、言うまでもなく財産刑よりも身体刑の方が重いです。
自由を制限されるという事は、それほど重大な事です。
しかし、人は、人を罰するのではなく、保護しようとした場合も同じ事をします。
精神的な障害を抱える場合(認知症、知的障害の場合も含みます)、財産は、本人名義でも自由意志で下ろせなくなり、身体についても自由を制限されます。
兄の身体拘束は、そのような事について考えさせられる出来事でした。
まとめ
そもそも、施設に入っている事により自由は制限されています。
その施設内でさらに身体を拘束されるという事は、刑務所内でさらに悪い事をやって懲罰房に入れられるようなものでしょう。
身体を保護をする名目で、刑罰と同じように自由を奪われるのです。
誤解なきように言っておきますと、現場で働いている方々を避難しているのではありません。
そのような身体拘束をしないためには、1人に対して1人以上、24時間つかない限り、無理なので非現実的でしょう。(場合によっては、1人に対して複数人が必要かもしれません)
しかし、ある程度は仕方がないにしても、管理者側は、何かしら問題だという意識を持って、改善する方向に向かって欲しいとは思います。